2015.04.14

インタビュー:関谷隼人さん

所属:元大手外食系企業店舗勤務 / 認定NPO法人 ReBit

役職:副代表理事

年齢:24歳

セクシュアリティ:FtMトランスジェンダー/パンセクシュアル

インタビュー日:2015年03月31日

関谷隼人さん

セキヤハヤト

出身歴: 埼玉県に生まれ、育つ。現在、埼玉県在住。

自分が何者かわからなくて泣いていた

小学生の頃から、“女子”である自覚は持ったことがありませんでした。

ただ、日々の積み重ねで、自分が“女”に割り振られることは認識していたから「男女で分かれて」って言われれば女子の方に入らなければいけないことは理解していました。でもそれは当時の僕にとって「出席番号の奇数と偶数で分かれて」っていわれるのと、同じくらいの意味しかなかったんです。

なんとなく男の子と遊ぶ方が居心地がよくて、小学校中学年までは毎日、休み時間になると男の子とサッカーボールを追いかけてました。

でも、小学6年生のときの修学旅行の部屋割りをきっかけに、男の子と遊べばいいのか、女の子と遊べばいいのか、わからなくなってしまったことがありました。休み時間になると、教室で一人、本ばかり読むようになりました。

 

市立の中学校に進学しました。
処世術をある程度身に着けた僕は、男女関係なく友達の多い生徒でした。一方、制服のスカートがなんとなくいやで、それでもはいて通っていました。

この頃しんどかったのは、スカートをはくことよりも「スカートをはくのが嫌な自分」に対してでした。
まわりの友達は嫌じゃないみたいなのに、なんで…?自分は変なのかな…?って。

学校では優等生として振る舞い、先生から生徒会や学級委員を勧められたりしながら、それでも家に帰れば自分が何者なのかわからなくて泣いていました。

 

高校の卒業式にメンズスーツで出席

中学の頃から、どうしても制服のない学校に進学したくて、近隣で唯一私服で共学の県立高校へ入学しました。

そして高校1年生のとき、LGBT、トランスジェンダーといった言葉をインターネットで知りました。そういう言葉があるのなら、自分以外にもこういう人がいるんだ、自分は変じゃないんだと、ものすごくほっとしたのを覚えています。

でも、自分がFtMトランスジェンダーだと自覚してからは、ひたすら隠すことに専念しました。
メディアの影響もあって、LGBTだとまわりにわかったら変な目で見られるんじゃないか…と思っていたので、髪を伸ばしてパーマをかけて、メイクをして、ヒールをはいて学校に通っていました。鏡に映る自分を見ると違和感しかなくて、せっかく我慢して伸ばした髪を切って、人目を気にしてまた伸ばして…。

 

そんな高校生生活を過ごすうち、卒業式が間近に迫ってきました。
私服高校だったので、卒業式はパーティーのような雰囲気になります。

そこで僕は、どうしてもメンズスーツを着て出席したい!大学に進学したら男性として生きるんだ!と意気込み、母と祖父母にカミングアウトしました。

それから3日、母親とは一切家の中で顔を合わせませんでした。母が部屋にこもっていたからです。結局、話し合いのすえ、卒業式は希望通りメンズスーツで出席することができました。

 

ジェンダーを使い分けて生活する

大学に入ったら男性として生活する!と意気込んでいた僕ですが、親の希望であったりまわりの目を気にしたりして、結局、女子として通うことにしました。

でも、LGBTのインカレサークルに所属し、そこでは「隼人」として、一人称は「僕」や「俺」を使うし、服装もいわゆるメンズのものを着ていました。大学に行くときには、メイクをしたりヒールをはいたりはしないけど、一人称は「わたし」だし、先輩や同期からは○○ちゃん、と呼ばれたりしていました。

 

そして大学3年生になり、いよいよ就活を意識し始めます。

そこでまず「男と女、どっちで就活したらいいんだろう…」という壁に直面しました。
就活指南書にも、男子学生と女子学生それぞれの就活のポイントしか書かれてなかったし、グループで議論しながら自己分析をするというワークショップでは、カミングアウトせずにどう乗り切るかで必死でした。

当時、僕にはシスジェンダーヘテロセクシュアルの女性のパートナーがいました。将来的には戸籍を変え結婚まで考えていた僕は、女性として働いてしまったらその道が閉ざされてしまうのでは…と考えていました。
それから、僕は母子家庭で育ち、高校1年生の時から携帯料金や交際費を自分で支払うためにアルバイトを続けていました。
だから、万が一LGBTであることを理由に内定がもらえなかったらと考えると、女性として就活をするほうが無難な気もして、結局、スーツは両方揃え、シャツ、靴、バッグ、ネクタイ、コート、ベルト、メイク道具、そして証明写真まで、どっちでも選考を受けられるよう準備をして臨みました。単純に考えると他の人の倍お金がかかるので、学生には大きな出費でした……。

 

午前はメンズスーツ、カフェのトイレで着替えて、午後はレディーススーツ

面接シーズンが始まると、1日2社、という日も出てきます。
日によっては、午前中にメンズスーツでグループディスカッション、午後はレディーススーツで個人面接、ということもありました。

まず、レディーススーツをキャリーバックに詰め、メンズスーツで家を出て、1社目の最寄り駅のコインロッカーにキャリーバックを押し込んで、グループディスカッションに参加。駅でキャリーバックを取り出し、ガラガラ引っ張って次の会社の最寄り駅近くのカフェに入り、トイレでレディーススーツに着替え、代わりに着ていたメンズスーツをキャリーバックに詰め込みます。メイクをして髪型もちょっと変えて、すっかり冷めきったコーヒーを飲みながら、面接に備えます。早めに店を出て、メンズスーツの入ったキャリーバックを近くのコインロッカーに預け、2社目の面接へ……。
一番困ったのは髪型でした。服は着替えられるし、メイクは落とせますが、髪は急に伸びません。

僕は結局、
①レディーススーツで女子として
②メンズスーツを着てFtMであることをカミングアウトして
③レディーススーツだけれどFtMであることも伝えて
という3パターンで就職活動を行い、最終的には③のパターンで選考を受けた外食系企業へ就職しました。

 

仕事を決める軸は、望む性役割で働けることだけじゃない

僕の就職活動の反省としては、“望む性役割で働けるかどうかを最優先してしまったこと”です。

希望の業界、希望の職種…そういうもの全てよりも、女性であることを押し付けられずに働ける職場であることを優先しました。

また、人事の方は理解がありましたが、現場で直属の上司に当たる人にも理解があるかは、実際働き始めるまでわかりません。

僕はこの反省から、LGBTに限らず、どんな要素を持っていても、ライフステージにおいて選択肢が減らない社会になったらいいなと思っています。

また、働く人の働きやすさに貢献したいという想いから、社会保険労務士の資格を取得したいと思っています。

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